« 2013年7月 | トップページ | 2013年9月 »

2013年8月

2013年8月31日 (土)

新潟 2日目

  今まで経験したことのない蒸し暑さ



恐ろしい気象と感じる


そんな中での早朝よりぶっ通しの技能競技説明会は早朝より燕三条と新潟の間の訓練校


エアコンがないのには閉口





ものすごくつらい


ここあたりはこんなに蒸し暑いのかの質問には    ”経験したことのないような蒸し暑さ”



      とのこと


天気予報でも39℃位になるとのことだったが ここまで蒸し暑くなるとは       




全国の兵の中で 弊社 神原・松井の両大工がんばってました


今回の中では最年長の神原大工  最年少とはいかないまでも2番目の若さ松井君



Dsc_0063

Dsc_0066

Dsc_0034


Dsc_0039

Dsc_0040

Dsc_0029

Dsc_0043

Dsc_0037


こんなものを作ります


神原・松井 頑張れ !!!

40歳までの技能オリンピックに出場してほしい


一昨年は女性大工さん  新潟の人らしい、会ってお話ししたい










なかなか恐ろしい作品です

2013年8月30日 (金)

新潟 1日目

台風を気にしながら朝一の新幹線で新潟に出発

富士山も上部が見えるいい天気

しかし上越新幹線「とき」は2階仕様の1階座席

これは如何か・・・    窓からは防音壁があって景色が見えない

1時 新潟燕三条到着   ワシントンホテル到着後すぐさま講義に入る

弊社 神原、松井と広島からの9名と全国北海道から九州までの30名ほどの大工さんの講義となった

全員真剣に5時間余りの差し金術、技能競技の競技説明をうける



P8300004


P8300007





夕食は私の大好きな天下の芝浦工大名誉教授の藤沢先生といっぱい

私は1番、先生は2級技能士目指すとのこと

P8300025


明日は訓練校に移動しての実技の講義

7時30分からの講義  受講生は大変

 

2013年8月29日 (木)

明日から新潟

暑い夏から開放されそうな天気


早朝の畑の坂  気温18℃を指している



ここのところエアコン無しで工房までの通勤


しかしながら日中はまだまだ暑いが 秋が肌で感じるようになってきた


すぐさま極寒地を味あわなければならなくなる




なかなかいい季節は時間が少ない



そんななかJBN全国大会(11/13,14,15)と広島で開催される


私は大工技能士の競技大会を担当



明日から新潟で開催される技能大会の説明会に大工さんをつれて参加予定



弊社からも神原・松井2名の大工が参加



絶対に技術はかなり上がる


   いい成績でも取れば自分たちに”大きな箔”がつく


私も指導者としての技術を磨いて来たいと思います


台風を呼ぶ 寺町の源    新潟に台風を呼ばなければいいが・・・・





2013年8月28日 (水)

先日の古民家

先日の古民家  NHKと掲載したが広島テレビの間違いでした


今朝同じものをちょっと早めに放映してましたのでついでにブログに掲載




20130826_0332230037


20130826_0332350035


20130826_0332430034


20130826_0333020030


20130826_0333080029

この千鳥は古民家にはよく現れる

なんともいえない風流とでも言おうか

20130826_0333120028


油煙欄間はなんともいえないバランス(くびれ)ですね



20130826_0333210025


20130826_0333370022



20130826_0333520017


このあまりにも簡単な手すり

このバランスがまたなんともいえないくらいバランスよく配置されている


昔の指物師の感性を垣間見る


20130826_0334240014


こんな町並み    どこなんじゃろうか?


竹原だと思うが  ???



わかる人コメント入れてください



こんな古民家がいい     後世に残る



外壁の木の使い方もいい


今はむやみに色をつけすぎる



なるほど色をつければそのときはいいが絶対にさめてくる



マホガニーの色は絶対廃れていく   なぜならマホガニーではないからだ !!



杉は杉の味を出すのは本来の木の色しかないと私は信じる












2013年8月27日 (火)

仮設物置 2

昨日に引き続き仮設の制作


工房の特性を生かし木造パネルとした



Dsc_0057


前面パネルは雨戸の廃材を利用

全部で10棟作成予定

1日2棟作りたいところだが・・・


明日から第2資材置き場で活躍予定


建築屋には杉の外壁材が似合う




しかしながら木はなかなか難しい



木は生かさなければならない


また木のいいところは  木のぬくもり、木からの癒やし、自然素材、日本人の感性にあう

反対に悪いところは木は生きている

  だから反ったり、曲がったり、割れたりする

  また変色もする


           これがわからないと木とは付き合えない


毎度 前川国男自邸 は私はいい


20130228_104116195_


20130228_105120191_


20130228_105124190_


20130228_105355181__2


20130228_110159180_

20130228_110204179__2


20130228_110249176__2


20130228_110449173__2


20130228_110832171__2


20130228_111051169__2

何度も掲載させていただいたので説明するまでもないがこれが100年以上経過した

デザイン性のある本当の木の建物と私は信じている

  本当に斬新で、長期に渡って、耐えうる、使い勝手のいい、絶品である



だから東京江戸たてもの園に保存されている


こんな建物を作らなくては

建物にはこんな気配りをしなければ

長く使用出来るようにはどんなことをしなければならないのか

実際にふれて、触って初めて理解出来る

先人が残してくれた大きな財産


私の中では多くを勉強させて頂いた


この建物の良さがわからなければ 木造はあきらめた方がいい

このたてものが理解出来なければ 木造住宅の監理は無理



これは初めての掲載だろうと思うが設計図も



20130228_102045230_


20130228_102946206_

※設計図は違う場所にあります


















2013年8月26日 (月)

第2 資材置き場仮設ハウス



第2資材置き場(木材自然乾燥場)に屋根がないので早くにとあせりながら


   なかなかできなかったのが実情だがやっとの思いで実行にかかった



今日のところはこんなところまで



20130826_1710410003


10棟分作成の予定

これから壁→床→屋根と作成




ひょっと見るに


今度の中学生のインターンシップで 作成 する課題によく似ている


機械フル使用 毎日やっている職人2名が一生懸命やってこの程度


フルに仕事やって4日もあればできるかもしれない

    が   厳しいかも ????


これに塗り ???



そんな仮設ハウスです



これには シート・セルロースファイバー等入れたらどうだろうか



これに 入り口  ユニックでつれるようにしなければならない







2013年8月25日 (日)

日曜日の孫守


お久しぶりの孫守


先日も「終活」の件掲載させていただいたが


だんだんに孫守をしなければならないのか?



まだまだ私の趣味もしたいし  やりたいことは多々ある



そんな葛藤の中 孫を連れて福山「トイザラス」


だんだんに日曜日は自分の時間がとれるようになった



しかしながら朝から晩までの孫守は出来ない??

      幾ばくかは私の中でやらなければならないことがある(仕事上で)


しかし おもちゃ屋も 「トイザラス」くらいになると Only One  を感じる


朝 10:30 頃になると多くの人数となる


小さなおもちゃ屋さん昔はたくさんあった

  しかし今の世の中ではやっていけない  

  少々の売り上げで喰っていければいい の考えではなかなかお客様が来ない

  

  車も入らない商店街ではなかなか ままならない


  また品揃えも出来ない   これではたたまざるを得ないであろう


    御愁傷様としか言えない


そんなこと考えてるうちに子供達はどこに何があるかわかるのか

      自分達で勝手に行動し出す


Dsc_0024



これにプラモデルなんかあれば私は毎日でも日参出来そうだが・・・

    プラモデルやら模型飛行機は別

         いきたいが守にならなくなる   っていうことは孫守も出来なくなってるんか?



なんか 変なことにゾッとした1日でした












2013年8月24日 (土)

素晴らしい古民家

素晴らしい古民家はバランスがいい


早朝NHKで古民家探訪をやっていた


慌てて写真撮ったが1枚しか取れなかったのが残念だが

Dsc_0001_2



いろんな小道具にしてもバランスよく配置してある


またいつみてもバランスがいい



先日の くびれ もバランスである




後世に残る建物のすべてはバランスよく建っている





2013年8月23日 (金)

本日は木材市場行ってきました





今日は早朝より木材市場行って多くの材料を落札いたしました


落札材料の一部お知らせいたします



20130823_0819230010


20130823_0819280009


20130823_0819360008


20130823_0819530007


20130823_0820130006


20130823_0820280005


20130823_0820360004


20130823_0821000003


20130823_0821160002


20130823_0821230001



今回もいい材料仕入れることできました


いい仕事できますね~









2013年8月22日 (木)

屋根修理





今日は「いきいきサロン西藤」の屋根修理



これにはコツが要る



こんな修理を教えたいが昨日のブログが頭をよぎる



漏れる箇所の発見の仕方   企業秘密



0016a

丸印のところに約5mmの穴が開いている


アップで撮ってるのでよくわからないし、太陽が厳しく照ってるので見えにくい

白く見える部分は銅版



これを補修するのに  先日掲載させていただいた はんだ



はんだ のやり方   なかなか難しい


おそらくマニアルとなればすべて銅版をはがしてステンレスの板に替えるのが

  マニアルとなるだろう


そうなると大変な費用が掛かる


技術料・材料・諸経費で¥15,000ですむ



こんなものづくりのできない建築屋はこれからは競争にならなくなる




0005


きれいに半田がついてこの穴からは絶対に漏らない


築20年位の平屋の建て物


最初から漏っていたんだろう


最初はパッと見た目にはわからない



これが怖い    しかしながらよくこのての事故はある



これが経験であろう    匂いでわかるんです   



最初から漏れてたんだけど責任はどこにある?


時効なん  ?   公共の建て物だから?  ところが一般の住人がこんなところからこんなにして漏ったよ    ってなると  黙っちゃいないと思う


裁判ではどうなるか?


やはり時効   が大勢かもしれないが


そのうち施工者の責任大きくなるんじゃなかろうか



尼漏れで天井が濡れただけ それで済まそうとする  また保険でまかなう?からいい?


やはり瑕疵担保履行法は改悪法律


雨漏れすれば保険で屋根全部やりかえればいいんか?


いけんじゃろう !!!    これって年寄りの考え?













2013年8月21日 (水)

くびれ

この時期中学生のインターンシップ

来月早々にも弊社に3人ほど来るらしい


そんな中学生にものづくりの体験を前年はさせた


去年のブログにも掲載させていただいた



ものづくりには感性が必要ということから「くびれ」に関してのたまわった



これが変な方向に走ってしまって”会長は何を教えとンか?!!”  ってことになってしまった


中学生も体験の発表会の時 くびれ のことを言わなくていいのに・・・




また反面 真面目にくびれのことを発表する 初心 さにわらいこける

そんなくびれ   飯屋に行ってこの さかずき いいね!

0021




いいくびれしとります


ついでに


        この箱寿司が旨かった


0018






昔はおふくろによくエビコを作らされたもんだ


   私の作るエビコはうまいと評判だった


   今ではレシピというものがあるが私の中ではない


      なんでも感   社員教育でもよく言われる  そんな感を教えてどうするん?


   真に受けてそんな感なんか学ぼうとするもん おりゃへんで~  なんてことに


      やっぱりマニアルなんか ?   と思う


   で今頃はすべてマニアルをいっぱい作っている




   ・・・・しかしながらみりゃわかるマニアルでさえも理解できないやつが多い



   オィ   やる気あるんか ??   なんてことになる



       こんなんで日本が背負える人間になれるんか?



   こんなことを のたまうと 教え方が悪い!とくる



   
缶詰の開け方がわからん、ワインの栓の抜き方がわからん、熊手の使い方がわからん
箒の使い方がわからん、もちろんスコップで土の掘方がわからん、のこの使い方がわからん(押して切ろうとする 外国では押して切るが)、ロープの結び方がわからん、風呂敷の使い方がわからん


何はともあれ 建築屋で 材木を担ぐことができない野郎がほとんど

お前ようかたがんのか?   と言っても中国語話とるんか なんて言いたそうな顔


担ぐ(かつぐ)は死語なんか?  わしがおかしいんか?   なんて感じる




チョット思い出すだけでもこんなにある

わかるのはゲームのボタンの使い方くらいか?  バカヤロー  となる



それだけ若者にとって ものづくり は難しいのか??

2013年8月20日 (火)

終活 ?

役員会の後 終活をしてるとオチョクられる



昔の写真を整理しながらここの現場どうっだったか?と感慨深げに写真を見ていた



15年ほど前に増築で施行させて頂いた家


私が棟梁  金野が丁稚の頃



しかし才能があったのか床に彫刻を施したのは金野作



丸太組はもちろん私



おもしろい私の好きな建物の一つ


Skkk01


肌家電球がいいですね   



Skkk003


囲炉裏がとても ハオ!


また金野の床彫刻がいい


灰まで作った




Skkk04_2


おっとっと・・・


これなんだったっけ?









思い出しました    「自在かぎ」   でした


でっかい鯉の自在鉤でした



これが大変な人気でした






Skkk02



建具も杉の超一品



ものすごく綺麗でした




ちょっと見えにくいかもしれませんが塗り土壁には稲穂を塗り込んでいます



写真見つけたらUPします



いいですね!







15年前はまだこんな建物他の建築屋さん建ててませんでした   












2013年8月19日 (月)

木は難しい

木は本当に難しい


昨日ヤニ抜きをした面がある


ネヤ止めはアルコールに漬けてヤニを抜く



二昼夜漬け込んでアルコールを抜くのにお湯に入れて煮ると抜ける



そうすると ぼこぼこ言って木の中に入っていたアルコールとヤニが抜け出る



それを乾燥したのはいいがあまりに熱いのと湿度が低かったせいか割れが入った





20130807_193712018_

わかりにくいのでチョット解説能面を真上から撮影しています

てぬぐいの上ちょっと左手にギザギザっと左に向かって割れが入ってしまった


非常に薄いので収縮で入ってしまった


さしずめ建築屋では木はこうなるんです  仕方ないですね



な~んて説明


しかしものづくり野郎はこれを膠(ニカワ)という接着剤でばっちりと接着する


膠は動物の皮や骨から作られるもので 木の接着剤として使われている


ここまで述べるとまたしても建築屋!!と言われるゆえん



まるでの自然素材の接着剤


ボンドとは二味違います



しかしながら 欠点もあります


なかなかすぐには固まってくれません


半日はかかります



仕上げは写真忘れたのでご勘弁をと言いたいが全く分からなくなってしまい・・・


あまりにもきれいについたので感動に浸っていた


プレスをかけていましたがバッチリ


自然素材はいいですね



ニカワの話でした













2013年8月18日 (日)

スローライフ 能面   彩色

スローライフの練習がなかなか出来ないのがなかなかつらい


能面打ちも1面やってればいいのについつい4面一度にやってしまう



なかなかスローでなく能面打つにも 忙しい



そんな中で盆休み中は加度商の生い立ちを作るに丸5日はかかったので休みは取れなかった


今日何とかとれるのでマイ工房を作ろうと悪戦苦闘



やっとの思いで完了

20130818_172326038__2



注目してほしいのは椅子


わかる人は わかると思うが四方転びである


こんなこと言っても建築屋なら必ずわかるが建築屋でなかったらなかなかわからない



四方転びの椅子とは     http://www.mo-ku.jp/wp-content/themes/m/pdf/2_digest.pdf



素人にはわからないこの写真なんです


理解出来ないだろうね~



これで畳の上に座って6時間くらいやるのがつらかったが 楽になる



20130818_171724037_


面も1面だけにしとけばいい物を人の4倍は出来ると信じて4面一度にやっている



これじゃスローライフどころか余計に忙しい


これが ワシジャイ  とのたまっている



こんなところまで今来ている  (今講習は彩色に入ってきた)


講習より先に行こうと思っても未知の世界なのでなかなかわからない



で   ここお出止まっている




20130818_171654036_



注釈  黒ずんでるのはペーパーで磨いた後 下地が出てきた物


何ら問題はない



ここでまた建築屋問題



この白いのは建築屋ならわからなくてはならないが・・・・


わかる建築屋がまた少ない



塗装やなら絶対にわかっていないといけないが どうじゃろうか??



白いのは胡粉です     胡粉とは   http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%83%A1%E7%B2%89


木材に塗装する場合

木目をそのまま出す場合は透明な塗料をそのまま塗るが

   色づけする場合下地がでてしまう


 そのため通常は胡粉を膠(ニカワ)でといたものを先に塗ってその上から塗料を塗る

 常識と言えば常識だが建築屋以外はわからないし知らない

 

物作りにかけては私の右に出る物は多くは居ない


建築は物作りである

決してプレハブ住宅のような商品ではない


またまた話がそれました












2013年8月17日 (土)

屋根覆い




先日来屋根の覆いに関していろいろ考えている


Dsc_0028





同がいいのか?   どうしたら簡単に取り付けえ出来るか?


日本の住宅でやったことのないこと



考えようによっては大変に面白い


要するに人がやったことがないことをする


昨日も仮説業者と打ち合わせをする

20130810_161232020_


業者との打ち合わせ図面   *まだ企業秘密




徐々に具体化してくる

2013年8月15日 (木)

生い立ち Part Ⅳ

前回の続き

昭和51年7月資本金300万の株式会社加度商として法人入り


昭和53年2月 燃料部門撤退


昭和53年9月 三美園に初の新築木造住宅完成


昭和54年4月 株式会社 加度商建築設計事務所開設


昭和57年旧社屋裏の土地を買う(現私の自宅の土地)を購入

道具置き場・加工場として使う  その時使っていた機械は現工房にある


昭和58年4月 1級建築設計事務所に昇格


昭和60年 旧社屋西側の土地を購入

木材置き場として使用ここで木材の刻み加工を行う



昭和63年3月  西則末町に尾道初の鉄骨ワンルーム4階マンション竣工






昭和63年 西藤土地購入 資材置き場として利用

  平成22年本山様に売却 現在鉄筋コンクリート2階建ての住宅を建築


昭和63年 旧社屋西側に倉庫建築 鉄骨2階建て


20130812_1731190018





平成3年4月  尾道初の鉄骨オール電化マンション竣工 全36戸


平成3年 資本金1000万円に増資

平成9年3月 大規模木造住宅因島に竣工 全16戸


平成12年3月 アキュラシステム導入  本格木造住宅経営に参入


平成14年木造3階大規模共同住宅神田町に竣工 全24戸


平成16年1月 加度商不動産部桜土手営業所開業


20130812_1729210019


平成16年6月  現会長社長に就任


平成18年6月  セルロースファイバー吹き込み機械導入  本格的に断熱工事自社施工

平成20年12月 JBN(ジャパン・ビルダーズ・ネットワーク)に加盟 200年住宅に取り組む


平成21年3月  現社屋に移転   同時にモデルハウスオープン


平成22年6月  資本金2000万円に増資


平成24年6月  御調町に Kobo-K 開設


平成24年6月  現社長に交代



平成25年 御調町丸河南に第2資材置き場(約1000㎡) 設立






*   数字・年月日は正確ではありません  Part Ⅲ と重複するところあり

     Ⅳでは株式会社加度商になってから

2013年8月14日 (水)

生い立ち PartⅢ

前回の掲載内容の次


栗原西1丁目旧事務所(社屋)は私の中では増改築で始まった


前回掲載させていただいたようにお風呂の改装から入りトイレ・建物改装と進んでいった


そんな中で多くの職人にも出会った


中でも大工は青山昭彦氏、木曽氏、左官狩口氏に多くを学んだ

しかしながら基本は山波倉内の「ホームサービス新田」で学んだことが多かった

また多くの技術も習得した3年くらいの付き合いだったろうか

早くには技術は習得したが下請けであちらこちら応援していただいた


いいところも見せていただいたが悪いところも教わった


その時にはオイルショックを経験させていただいた



セメントの取り合い喧嘩しながら生きていかなくてはならないことを痛感した

しかしその時の建物がまだ健在であることに今は少々疑念を抱かざるを得ないが・・・


また職人に煮え湯も多く飲まされたのもこの時代


私の職人としての したたかさ を備えることができたのもこの時であった



あまり多くを書きたくはないが途中投げする職人があまりにも多く 人間不信に陥ったのもこの時  最初の5年は今振り返れば全くの茨の道であった


大工に見放され泣く泣く自分で たたいた 現場も思い出す


こうしてくれといえばお前がやりゃええじゃない    と言ってスッポカス


すぐにやってくれるもんいないのでよなよな泣き泣き仕事したもんだ


だから今の私があるんか・・・なんて感じることもある


約束破るやつは絶対私にはダメ   そんな人間と付き合ってたら会社つぶれてしまう


約束破るやつでいい仕事するやつはいないと断言する


  私は職人であろうと社員であろうと約束破るやつとは絶対に付き合わない

次に朝の遅い奴に仕事出来るものはいない!

8:00頃来て 9:00過ぎから仕事   こんな職人、社員にできる奴は今まであったことがない

時間管理のできないやつは 仕事もできない


9:00時始まりの仕事人は仕事は半分しかできない



8:00に来てもウンチ座りして仕事待ちをしてるやつもダメ   わかったもの


なんなんかというとPができないからなんです   仕事の計画ができない



そんなことが痛いほどわかった時代だった


そんな中で昭和53年3月燃料部門の撤退を決断


上下オガライト工場閉鎖 昭和50年より計画し上下町奥オガライト工場を引き継ぎ燃料部門でオガライトを製造していた


これで完全に建築一本になった


工場の従業員を前に 首切り宣言 は私の中では非常につらかった


今後絶対にこんなことはないように   と心に誓った


大変に厳しい年であった   忘れられない出来事であった



この時から年次計画 中長期計画をはっきり立てるようになった

当時は10年ひと昔ではあったのでやりやすかったが



この時から平家物語の「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり、沙羅双樹の花の色盛者必衰の理をあらわす、おごれるものも久しからずただ春の夜の夢の如し」これを戒めとして口に出すようになった


建築一本でやろうとなれば建築士くらいはと思い経験7年必要の2級建築士は取りたいと思た

昭和54年2級建築士をとる


ここから建築の2級の仕事が舞い込むようになる

   初めての仕事が村上様邸増築工事


      今でも図面覚えている


当時道路斜線をわすれていて確認やり替えた覚えがある

ここから木造建築が主流になる



そんなことをしてると最高位の1級建築士に挑戦


4年後に受験資格が取れる


しっかりと勉強し難なく獲得できた



ここから鉄骨建築もできる   ということで鉄骨アパートマンションを手掛けるようになった



昭和58年1級建築士取得


こんな時 吉岡という営業と出会った  これもチャンスであった



この子がコンフォートケープタウン全23軒のワンルームマンションをゲットしてきた


これも大きなチャンス




昭和63年竣工  尾道初のワンルームマンション


立て続けにストリームタウンOGAWA、Oマンション、フロイライン、メゾン栗原、コーポ則末Ⅱ、OMⅡ(木造3階)、BM(木造3階)等760軒を15年間でやった


このほとんどを社員3人と私でやりあげた

多くの実力がついた


しかしながらこのマンション施工も長くは続かなかった

大東建託さん、レオパレスさん、東建コーポレーションさんの台頭で退散を余儀なくされた


1999年のこと この年も大きな出来事があり大きな転機となった

それはこの年に大事故をした


建築ではなしに車で正面衝突をし1年半の長きにわたって杖を突かなければならない生活になったことがある

14年前の話になるが本当に大きな転機である


他人には順調に見えたかもしれないが大きな変化(イノベーション)があった




振り返ってみるに転機は

燃料から撤退    1978年(就職して6年目)    増改築の時代

2級建築士合格   1979年(就職して7年目)    木造住宅の時代

1級建築士合格   1983年(就職して11年目)   鉄骨マンションの時代

交通事故       1999年(就職して27年目)   木造住宅会社経営の時代

上記のような変化 (私はイノベーションという) を決断できただからやってこれたんだと確信する

このイノベーション(大きな改革)がなければ一塊の潰れかかった工務店のままであったに違いない


イノベーションできるには会社の先を見越した経営手腕も必要、人を動かせる人間性も必要、建築という技術も必要、イノベーションできるチャンスも必要、職人と喧嘩する勇気も必要、社員教育も必要、道具も必要、お金も必要

私はこの順番でウエイトがかかってると昔を振り返って感じる


昔は10年ひと昔といって10年に一度大きな改革をやっていけば何とかなったが今では世の流れからして3年に一度は大きな改革をしていかないといけない


先を見越した改革常に先を読むことが大切と感じる




締めくくりとなったしまったがまだまだ生い立ちについては掲載しなければならないものがある


PartⅣにて

 

   

生い立ち  PertⅡ

今日は加度商店から



私の父と母とで戦後祖母の妹が経営していた三浦燃料(現日比崎公民館あたり)より独立して西御所に昭和28年1月に燃料店として開業した


現平和橋東詰


20130812_1739270010
右の建て物

20130812_1739310009
左の建て物



子供ながら小さな場所であったように記憶する

加度商店の始まり



ここでは倉庫としてものが置けないので海岸に役所から倉庫を借りていた
   ちょうど現諸品倉庫さんの前あたり


20130812_1741170008


こんなに大きいものでなく15m*15m位のもの
    すぐ南側は海であった

船が着いて練炭・薪・炭等を直接船に積んでいた
    中学生の頃までそこの倉庫は使っていた

  当時の燃料屋は大変であった冬はものすごく忙しかったので私はよく手伝わされた
    炭なんかつついたときには真っ黒になる
  だから私は今でも炭は大嫌い  床下に敷くなんて絶対反対
  ブログでも何度も掲載させていただいている
  当時は冬休みも正月もなかった  父親はバイクにリヤカーつけて配達していた
  私は小さなリヤカー(箱車)に灯油等積んで配達したもんだ

  小学校の時もう 半田こて 使わしたら父親よりかなり上手かった
  何するんかというと昔は灯油缶のふたは半田でつけていた




4987556241056

今は1斗缶もキャップがついて押せば開くようになっているが

当時は半田付け

オマケに新缶と言っててんぷら油やマーガリンのような物が入っていた缶を頂いて それを洗って灯油を入れて販売していた

これが私の仕事  きれいに洗ってなかったらお客様よりしかられる

また一度空けてるのでそれを半田で補修し漏らないようにする

多いときには1日2ー30缶補修して作る

当時からものづくりは上手かった?



缶の構造はhttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%BC%B6


子供ながら大変つらかった

平和橋から2号線沿いに昭和30年事務所移転


元朝鮮銀行の隣あたり

20130812_1737560015


20130812_1737510016

シャッターのところ


以前の事務所と比べ広くはなったが間口は広いが奥行きは2mくらいしか使えなかった

ここには昭和39年頃まで居た

その頃の2号線車はほとんど通ってなかった

自転車の運転練習は2号線のど真ん中でやっていた

   新田さんという肉屋さんがしきりに応援してくれたのが思い出される



昭和38年旧社屋の土地を購入  バラック小屋を建て加度商店の倉庫となる


昭和39年旧社屋新築  鉄骨ブロック造  合わせて事務所移転本拠地となる



20130813_0831130006

現建て物であるが窓等はスチール道路面はシャッターであった


手前の空地は後に取得

主に固形燃料・燃焼器具(ストーブ・豆炭コタツ・コンロ・風呂釜等)の販売
卸売りが多かった



昭和47年私が帰ってきて父の手伝いをするようになった


しかし私は燃料の販売はあまり好きではなかった

なぜならば先程も書いたが冬はどうにもならないほど忙しいが夏は暇でしょうがなかった


そんな時ふと風呂釜をお客様のところに配達して   (ポリ浴槽も一緒に)


左官さんの仕事見ていて


  あれ?  これくらいのもことなら私にも簡単にできると思った


学生時代にはたくさんのアルバイトをした

   そんな中で 戸田建設というところでタイル貼りのアルバイトをしていた

       もともと運搬の仕事であったが 器用であったのでタイル貼りの手伝いもしていた

   2ヶ月くらいで職人よりも早くきれいに貼れるようになった

   当時は団子貼りといって下地から10cmくらいあってもどんどん張っていた

   タイル貼りに来てくれとよく言われたが4~5ヶ月くらいしかしてない

               しかも毎日ではない   でもバッチリ貼る様になった


        これこそ「やりゃできる」である


   まだ当時の仕入先である 三井物産住宅機器の下請けもやっていた

       ここは前澤化成のトイレを埋めていた

       当時高揚団地が半分くらいできていた

       そこに浄化槽もしくは汲み取りの文化トイレをただ埋めるだけを請け負っていた

       これも今となってはいい勉強をさせていただいた


そんなことでこんな話があれば是非自分でやってみようと思った

   また暇な夏に向かっての時であったので仕事があることで助かる


そんな矢先 五右衛門からポリバスにやり変えの改修工事が出てきた


やるで~と意気込んでいきなり請けてきた


ところがいざ工事となったが道具が全くない


循環ガス釜をつけるに浴槽に穴を開けなければならない


ドリルもないがホルソー(浴槽に穴を開けるもの)もない
    どうにもならないので友達のところに借りにいく


  穴を開けていたらハヨウニ返せと言ってきた


  これほど惨めな思いになったことはなかった  

  泣く泣く返しにいき次ぎ何時借りれるか聞いてみても何時になるかわからん!!!

  そんなこと      と本当に情けなかった



    わかったわ   と捨て台詞   どうしてもその友達とはそれ以来仲良くできなかった


すぐさま手配して新しい道具(ドリル・左官こて・タイル切)を支度した

10万円ほど掛かってしまった   工事費と同じくらい掛かった

父からはこっぴどく言われた


タダ働きに感じたがこれがわたしの人生大きく変えた


今では左官こては消耗したがドリル・タイルきりは残っている


よう捨てん



手荒に使われてるが涙の出る思い


とにかく道具は誰がなんと言おうとも すぐに買う!!!



そんな思いがあるからである   借りるのはいやだ


だからすべての道具あの時こうするために買ったんよ

  不思議と覚えてるんです     今でも道具はうるさい



ない道具はすぐに買う   しかし道具で損をしたことはない


1階しか使ったことがないものもある
   しかし必ず儲けさせていただいている


今では何をやるにしても技術よりも先に道具から調べる


道具がありさえすれば何でもできるとの考え

道具を要求しないものづくり野郎は物を作る資格なし!!


話がそれてしまった


2部構成が3部になってしまった























2013年8月13日 (火)

加度商 生い立ち

加度商 社長より加度商の生い立ちを教えてくれとのこと


加度商店からだとわかりやすいが とうす屋 からとなるとなかなか難しい



今までのことを振り返りまた今までの文献とうから 2部構成でまとめてみたい



まずは加度家はどうして出来たか から始まる



慶応元年江戸時代の最末期 私の曽祖父(千代蔵)が尾道市木之庄町畑 国信家に生まれた


曽祖父は明治28年加度家を継ぐべく取り子取り嫁で宇津戸から シウ という私にとって曾祖母と結婚 加度家を継いで 三軒家町に出てきた  (まだ尾道市はできてなかった)

加度家家系図の始まり

場所は現三宅歯科あたり

シウばあさんは大変に頭が良かったと聞いている

その名前にあやかり私の名前周治がつけられた


私は全く分からないし母も知らないとのこと


早死にをしたらしい  美人薄命   とか  明治10年生まれ昭和3年没と判明



そのおばあさんは宇津戸で「とうす」という精米機の道具の作り方を覚えていたとのことで

これで商売しようと考え曽祖父と一緒に三軒家で「とうす」を作って生計を立てていたらしい


「とうす」とは何なんか 籾(もみ)をすって米にする道具

Imagecawfedpk

Imagecarr13dy

石と土と木と竹を使って人力精米機を作っていた精米機

唐臼と他地域では言っていたが尾道では平かなで とうす と呼び平かなで書く



  *栗原歴史民族資料館にある


今は家庭用で米をツク機械があるし精米するところもあるが当時は機械もないし人力で籾摺り器を使って精米していたようだ

このとうすができる前は臼でモミを摺っていたようだ

粉にするのとはちょっと違っていた


かなり有名になって尾道では「とうす屋」と言われていた


御調・府中・久井あたりまで販売していたようだ

羽振りもよかった





それで昔の一等地に(今の駅裏 石井耳鼻科)を建てて自宅兼用とした

当時は3階建てときいている





Dsc_0001



その後祖父は後を継ぎ「とうす屋」を継ぐも経営技量はなかったためあえなく一等地を手放さざるを得なかった

現私の実家(栗原東二丁目)の隣に家を建てたのが昭和のはじめと聞いている

そこで私は生まれた  昭和24年1月のこと

現実家は昭和29年ころ祖父が建てた


支那事変等の戦争のため仕事もできず大変な思いの中ほとんどの財産はなくなり昭和10年ころには閉鎖状態で昭和14年太平洋戦争に突入


私の伯父さんはガダルカナルで戦死 跡取りの母は昭和22年親父と結婚し加度家を継ぎ昭和28年1月西御所に加度商店として燃料屋を開業


ここで明治20年を創業とするか昭和28年を創業とするかは難しいが銀行には28年創業ということにしている

法人化した時(株式会社 加度商として昭和53年設立したとき)創業を昭和28年として届け出たいきさつもある



私が仕事し始めの頃はよくおじいさん元気か?  よう世話になったんじゃなんて聞いたもんだ と聞くにつけ


私はその時4代目なんだと確信

祖父は昭和天皇と一緒の歳に亡くなった



これ以降は明日




     

2013年8月12日 (月)

映画 or 芝居

今日は1日休養出来そう?   とのことで映画にしようか?と・・・・


じゃー   青と白    この青色 絶対に頭に焼き付けとけ!



なんて デザイナーがのたまってた記事見かけたので 


スマーフ


Bimg_1375705437


この青!






デザインの勉強? 

また仕事がらみ?



テなことでお盆予約しないと・・・    探すも見当たらず

前売りのところにでていた 8月16日から    ガーン!!



では何か     宮崎駿の 風立ちぬ



Bimg_1373959595


なんか私は「ハウルの動く城」観たがあまり感動しなかった




これはだめと急遽 芝居に変更

世羅温泉でも行って高校野球TV観戦といくか



と言うことで芝居に変更




ちょうど「市川かずひろ」劇団?  が興業中


20130812_144649021_


20130812_144727022_


若いスタッフが多かったと言っても総勢10人ほど


興業中の写真撮れないんで残念だけど  歳のせいか内容はよくわかる







また仕事面でも学ばせて頂いた




お盆で人多いかと思いきや まるで少ない4・50名くらいの来場者か?

芝居観る人30名くらい




入館料¥1800-   芝居も込めて     ビール飲んで飯食ったので総計3,600円



ビールは別として1800円でやっていけるのかと私が不安


50人としても   50*1800=90000


受付嬢1・掃除スタッフ2・マネージャー1
  車の運転手は都度チャーターとしてもお盆のかき入れ時に・・・なんて思うのは私だけか?


浴室はガラガラ   3人ほどしか居ない


ガチャガチャしないんでゆっくりは入れるが如何か


冷房はよく効いてるしテレビ観戦するにはリクライニング椅子付きの休憩所はあるので重宝する

無線LANも無料で使える


これで劇団呼んで合うんか?と思った



ところが芝居を観るに九州からの 追っかけ が相当数居た


若い子もいたもちろん年寄りの方が多いが



芝居ではなんて言うのか「おひねり」「祝儀」?を襟元に入れている


数千円単位かと思えば数万円単位

     多くは3万円/1人  3~4人からいただける


座長ともなれば15~20万円にはなる


そんな追っかけ人にはサービスがいいし きっちりご挨拶が出来る


子供も居るが小学生でもきっちりご挨拶出来る
   これも芸のうち?なんかもしれないがすごいもんだなと感じる


だからファンが来る

だから一つの団体がやっていける

喰うための手段がきっちりわかっている  これがプロ



帰りには私にもキッチリとご挨拶してくれる


アッ これで芸人達はやっていける!と安堵

これでいいのか考えはいろいろある


芸も対価、 技術も対価


私たちの技術にも対価があるしファンも居る


ファンも居ない技術者なんて喰う価値がない

     私の嫌いな教授は国から食い扶持がでている   だから人間が腐っている

        どういうこと?  


      自分の技術・能力もないのに教授という蓑をかぶって業者から賄賂を頂いている    


               ※賄賂はほんの数人の教授かもしれないがいい先生は少ない


           これに関しては今まで数年間のブログを参照して頂きたい






一生懸命”芸”を磨いてファンを作ろうと頑張ってる姿に共感した


私も技術をまだ磨かなければと   奮起出来たことに感謝


芸は有形はないが我々の建物は有形である



いい建物を残さないと



いい建物とは?


   よくコンサルは  お客様が満足出来る建物  なんていう
     ごもっとも!でも私は頭に”最低限”と言う言葉を付けたい


   いい加減な建物を作ってその場では満足頂いても ホコロビはいつか必ず出てくる!





 

*この掲載にはコメント受け付けません  2006年からの私のブログご参照ください
   

2013年8月11日 (日)

ご報告

①先日掲載させて頂いた「蓮の花」 山陽新聞に掲載されました(本日付)


Dsc_0038






②工房トマト育っています


20130713_133755004_


20130713_133806006_

十分苗代  かせぐことが出来ました

③シンガポール航空のユニホームお客様より頂きました


20130705_190228042_



大変に気安い服でした

これからもよろしくお願いいたします













2013年8月10日 (土)

FIT チューンナップ

ちょっとの時間空きでバネットに付けていたオプション品を取り付け



Dsc_0056

前面パネル取り外して配線のやり替え




Dsc_0055

バックモニターの取り付け


これはインターネットで6,000円ほどの物を取り付け


簡単なのがいい絶えずバックが移るように改造


今頃私の専用車はすべてバックモニター付き


これになれるとどうしてもモニターの方に行ってしまう

またこれで後方確認しないとなんだか 大丈夫?   ってなことになる




歳かな?   昔は自動車部とフィギュアで対決しても勝ってたが・・・・

    今はだんだん腕が落ちてきた   こんな話になるとだんだん寂しくなる


学生時代に国内Aライセンスを取っていたこんな腕が鈍ってきている


60半ばにしてようやく身の衰えを感じてきた??



Dsc_0059

脱着可能なカーナビ

これでいいのだ  数十万する3Dナビなんてあんまり必要でない

知らないところに行くときだけ必要


だから脱着可能な13,000円のナビでOKマジックテープで脱着出来るようにしている




Dsc_0058

後方確認洋のモニター  これは新品今までのはユニック車に取り付け済み

ないので新品

インターネットで出来るだけ安価な物を


これがよく役立つ


バックでやちゃった    なんてことのないように


センサーも純正付けたが90,000円くらいかかった   高くついたが事故した後では遅い




こんな改造に2時間近くかかってしまった

マニアルあればもっと早く出来たのに・・・   試行錯誤は時間の無駄



仕事も・・・と肝に銘じる

















2013年8月 9日 (金)

こんな風景


尾道の町でこんな風景見ました



Dsc_0028

看板には浄土寺 「平成の大修理」  と書かれていました


まだ済んでなかったのか長い工期なんじゃ

羨ましいにつきる



しかしこの光景  すっぽりお寺が入る建物を作っている


2ヶ月くらいも前掲載させていただいた仮設工事


また私たちが作る家 のことが頭をよぎる


建物をこのようにして養生すれば建築中でも雨に濡れないで済むし

   冷房でも入れれば快適な作業が出来る


瀬戸田の方で野○組さんがやってるのは民家ではないと思うがどえらいことをやっている


民家でこのようなことしてるのは私は見たことない


なんだかこんなことすればすごい工事と感じる


いい宣伝にもなる

先日のブログではあまりいいようには書かなかったがこれに防音シートなんか掛けて冷房すれば本当に快適な現場になるんじゃなかろうか


ふと浄土寺の仮設養生を見て感じた


費用対効果はどうなんか?

夏は暑い! 断熱はどうするか?

冬場陽は当たらないが職人の環境はどうか?日差しを入れるための天窓をもうけるか?


工事中の建物にとっては非常にいい


上棟前に組んで果たしてどうなんか(レッカー使えないが)暑さ寒さ雨のことも考えればこれもいいんでは?

なんて考えた????


費用は現在の仮設+10万なら宣伝効果 家のため   なんか考えればOK


果たして出来るか?


冷暖房費はどれくらい必要か

ハンドリング使えば局所冷暖出来る可能性高い

初期投資150万ほどいるかもしれんが何とか


オール改装なんか屋根掛け替えなんか威力を発揮するかもしれん




本気考えてみよう                 





こんな光景もついでに


もうおしまい近くになったがネムノキの花


Dsc_0042

ちょっと見えにくかったか?  クリックして拡大して見てください














2013年8月 8日 (木)

word press


お正月にやるで~    なんてことで Word Press  に挑戦したが時間がなくて断念


HPビルダーなんかそろえたがまだまだ時期尚早の感があった


しかし工房のHP早くに  の要望から普通のHPすればすぐ出来るが・・・・



でも Word Press  の思いからお盆甲子園にずっと観戦に行くはちょっと我慢して再度挑戦してみようかと思う

更新が簡単なこと

スマホで簡単に閲覧出来るようになる

作れば後は簡単

しかしながらSEO・SEMが難しそう


しかしそこまでは??  多くのプロでさえ出来ないのに・・・

なんて  泣き言言ってたらどこからかコメント来そう






  

2013年8月 7日 (水)

私のユンボの神業

自慢話が最近多いよ!なんてコメント来そうだが


腕を発揮出来る現場があればどうしてもその話になる

    俺よりいい腕もって奴が居れば対戦しなければならない
    腕を磨くには絶好のチャンス


そんな中で私はユンボに乗らせばピカイチ


以前ユンボで書き初め   なんてTV番組あったがまさに俺


今度書いたらブログ載せるから



今回はレベルピカイチ


Dsc_0047


Dsc_0049


Dsc_0046

数名熱中症予防のため安全面には配慮が足りない部分は別として

レベルよく違って2~3cm(レベルであてがってないが)


まず間違いはない


私はレベルなんかいらない



敷地でもまず狂わない高低差にかけてはレベルより正確


なんで?  とよく聞かれる




まず自分で高低差を読んでそれからレベルで当たる


そんな訓練を40年もやってれば身につく私です

ボケーとレベル当たっててもそんな実力つきませんよ!



これがプロなんです


こんな実力ないもんは建築屋ではありません

お金もらってればそれなりのことしなければ銭はもらえませんね~



これが建築屋なんです


これがわかって初めて建築屋の端くれになるんです



レベルも見れん(レベルを覗くと言う意味じゃないんです)かったら建築出来ませんよ



雨が降れば水はどのように敷地を流れるか?それが想像出来なければ建築屋やる価値なしです


建築屋はもうちょっと鍛錬していい建築屋になってほしいものです





2013年8月 6日 (火)

工房 洗面出来ました

かねてより水道取り入れたものの 入り口に蛇口があるだけ


水をくみに、また手洗いに表まで行くのに50mある



大変な思いをしながら毎日の日課にしていたが意を決して本日施行


何分にも経費節減   先週ユニック車工房納車多くの経費   致し方ない


しかしながら10年償却となると 3.7万/月
    月10回は稼働するであろう  しかし今まで苦労してたので非常に助かる




本題に戻る  5年以上前から倉庫に眠っているポリブデン管を利用しての工事



Image_1

ポリブデン管と書いたがも一つ架橋ポリ管ってのもある


どう違うのか?

成分はほとんど同じでJISにて決められてると私は理解しています

耐熱に関して若干架橋ポリ管の方が劣ると理解してますが違ってればコメントください



ポリ管は今までは見kしの塩ビ管・銅管・鋼管等と比べれば問題は激減しましたが(水道単価も激減)問題も残っています  加度商でもいままで3件事故が発生しています


参考に http://www16.ocn.ne.jp/~mac-ai/BS.html  よく見てほしいです



私はいち早く給水装置工事主任技術者を取得また管工事施工管理者も取得しています



35年ほど前 これからの設備は大きく変わるし設備を勉強してない建築屋は抹殺される


そんな危惧をしながら勉強したもんだ  それが今頃になって大きな益になってきている



まだまだ設備には勉強の時間を費やした

  ヒートポンプの勉強に「ユアサ商事」を通じ和歌山の三菱電機に長期間勉強に行ってきた

  浄化槽・冷凍技術・太陽熱温水器・太陽光発電・エコキュウト・ユニットバス組み立て主任・システムキッチン組み立て主任etc多くの勉強が今の建築を支えている



またいい勉強をさせて頂いた



そんな技術で洗面台設置が出来た




Dsc_0044


Dsc_00431


時間ないので解体残材から利用させて頂きました

本来であれば工房にて作成    申し訳ございません





 

2013年8月 5日 (月)

蓮の花

暑い日中に蓮の花が元気よく咲いていた



これも工房に行く途中


真っ白い可憐な花を咲かせてるのでついつい立ち寄って激写




Dsc_0038

Dsc_0040

咲いてる花は真っ白  だがつぼみはちょっと外側にはピンクが見える


明日には綺麗な花を咲かすことだろう




お盆が近いのでなんだか郷愁もさそう














2013年8月 4日 (日)

スローライフ 能面



能面4ヶ月を過ぎやっと彫刻終了しました



Dsc_0036



何とか見れるところまでいきました


彫刻刀の仕事は終わり  これからは彩色にはいっていきます


まだまだスローライフにはほど遠い状況ですが出来るだけスローを勉強して次人生の予習を行っていこうと思います


時々には彩色も掲載いたします






2013年8月 3日 (土)

物作りって Kobo-K では家だけではありません

物作り=大工さんとか手作り家具だけではありません


こんな物まで工房では製作しています???



Dsc_0034



なんなんか普通の人にはわからない


これはユニッククレーン車に取り付けてリフトの代わりをする

これで1.5Tまでの材木等パレットに積んである物をユニック車に積んだり下ろしたり出来る代物


昨日フリー版の1.5Tを積み卸し


リフトのないところでも1人で積載・荷下ろしが出来る



もちろんユニック車納車の時ご紹介したリモコン付き



これがいい



スカイマスター的仕様も出来るよう工房では溶接工事も出来る



こんな物も取り付ける予定

0220010000012_2


こんな物でスカイマスターの代用を



いいですね



工房では何でも作ります


ほとんど何でも出来ます


出来なければ道具キチガイの会長が居ます



言ってみてください


研究します   費用は?ですが・・・











2013年8月 2日 (金)

見た目だけの仕事

昨日掲載させていただいた「のみ」の中で述べさせていただいた「見た目」


これに関してコメントいただいたので注釈させていただく


私の”見た目”というのはただデザインだけ、ただカッコイイだけでどんなにして取り付けするか?   どんなにして下地を組むか?  どんなにして長持ちさせるか?   など考えずにただカッコイイだけで選択している感が拭いきれない


今まで残っている カッコイイもの  これがどうして今まで残ってるのか?グラナダがなぜ残ってるのか?  日本の 城にしてもしかり ステンドグラスを多用した教会  当時としてはすごく画期的な建物であったに違いない


今でも目を見張るもの 私たちに感動を与えてくれるものと私は思う


そんな建物に私はしていきたい  ただかわいい・カッコイイだけでなしにこんな工夫がなされてる こんなところで強度を出してるんだ   なんてことは私は必要と思う


しかしながらデザインをないがしろにしろ  とか  着工棟数を云々とか言ってるんではない


見かけで建物は建ててはならない  ということを言ってるんです


デザインをやるには建物の強度・耐久性をしっかり熟知したのちにやりなさい!と言ってるだけです


デザイン+構造の勉強が必要です

長スパンの窓を設けた場合は横ブレ対策(加度商社長邸のようなバルコとかキャトウォークとかつける)をしたり玄関に吹き抜けがある場合は火打ちをうまい具合デザインよく配置するとか・・・


強い家は田の字型です  これを原型に間取りを組み立てればOK


私は多くの家を解体してきた

  

    潰れにくいのは絶対に田の字建物だ

  筋交い入ってないのにかかわらず簡単には潰れない(ユンボを使用しても)



見た目だけで勝負してるとすぐにほころびが出る


私の仲のよかった多くの建築屋はこれで抹殺されていった



その中の一つ岡山CRホームは私の頭の中からは絶対に消えない


2013年8月 1日 (木)

のみ

大工道具の一つであるのみ


ただ穴を開けるだけのみ


Dsc_0002

これで1セット


私はこのセットが3~4セットは持ち合わせている



なんでそんなに多くもってるのか?



自分になじむのみ  そうでないものいろいろある


鑿も手になじむもの  またよく切れるもの




等いろんな条件で使う数はだんだんに縛られてくる

ここに掲載させて頂いているものはほとんど私になじんでる超1級


Dsc_0003


Dsc_0004

Dsc_0005



こんな鑿を研ぐ


とぐ=砥石



刃物をやっているとどうしても砥石についても・・・・   となる




これもまた種類も多いし数も多い


自分になじんだ砥石は最後まで使う



Dsc_0013


Dsc_0014


Dsc_0019



Dsc_0012
仕上げ砥石の 天然物


今時なかなか手に入らない


Dsc_0011
これは何するもの?



これは砥石を平らに削るもの


ながく使うと砥石はムラにちびてくる


その砥石はすって平らにしなくては鑿がきれいに研げない


これは鋳物製の台直し


これに金剛砂をかけて使用する


Dsc_0016






Dsc_0006


私はこんなに多くの砥石を使用している


刃物とのあいしょうがあるし 私との相性もあるんで数多く要る





そんな相性を見極めながら  穴を掘っていく



大工仕事もに この見極めが必要

又 見極めるための時間も必要



道具ってそうなんです

買ったらすぐ使えるような道具はなかなかない

    DIY用品とはちょっと違う


DIY道具はすぐに使えるがすぐにダメになる=いい仕事ができなくなる


しかしながらそんな仕事の必要性もなくなってきているのが現状



営業???が決めてきた仕事を忠実にやらなければならない

いい大工(私の思う)はここはこんな加工したらいいね・・・  って思ったら黙ってそんな加工してる

後になって加度さんこんなことしてくれとったんだね    なんていわれる

私にとってはこれが大工冥利


後世に残る


前川國男邸がそう   私にはいい勉強になる


いい仕事って見た目ではないと私は信じる


見た目だけの仕事は近い将来に絶対にほころびが出る!

















« 2013年7月 | トップページ | 2013年9月 »

最近のトラックバック

カテゴリー

  • 住まい・インテリア
  • 日記・コラム・つぶやき

最近のコメント

2022年2月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28          
フォト
無料ブログはココログ